東京の八王子にある書道教室/書塾。 漢字、かな、子供の習字、硬筆、ペン字などお教えします。
僕は『才能』という言葉が大嫌いだ。
なぜならその言葉は努力をしない人たちの『諦め』や『言い訳』に使われるからなんだ。
『才能があるっていいわねえ』等と自分に言われるとゾっとして(心のなかで)苦笑いしか浮かばない。
そもそも『最大限に努力してそれでも及ばない天性のもの』が『才能』という言葉であって、努力をしない人がおいそれと発していい言葉ではない...それこそ『才能』に対する冒涜と僕は思う。
改造人間や変身、異世界転生モノが流行るのは『努力をしなくても特殊な能力が手に入る』からで、実際にはそんなチートは世の中には存在しない。
『これしか無い』『これが大好き』と『努力に努力を重ねて初めて到達できる止揚や到達点』がどこまで通用するかが全てで、そんなに簡単に『才能』と一言で括って良い問題ではないんだ。
『努力をしない天才』などいない。
そういう人達が世界にいっぱいいる、『比べられる』と思うだろ?
だからって『好きなものを捨てる?』『無理だって諦める?』そんな事であれば『目指すことがお門違いで、そんなに好きじゃない』んだ。
『これしか無い』と思い込め、それがいちばんの、そして唯一の武器になる。
努力をしているとどうしても壁にぶち当たる。そういうときは悩む、休んでも良いんだ。
スランプにもなる。そういうときは一歩さがって基本にもどれ、意外にそういうことがスランプ脱出のきっかけになる事も多い。
下手に習うと下手が移る。間違った努力を點せられるから師匠(コーチ)は選べ。下手糞だと思えば時間の無駄だからすぐに見限れ。
作品に何を言われてもプラスにできるなら良いんだ、人格まで否定されるわけじゃない。
自分の目標に到達する『ルートを見つけろ』。そこがどこでも良い、努力しやすい環境を作れ。
精神の持続力をつけるために体力は最低限の資質になる、何でも良い『健康』と『体力』を手に入れれば『集中力』は身についていく、『集中力のない努力』は全くの惰性で無駄だから。
そうして10年20年とやって...はじめて『才能という言葉を口にできる資格』ができるようになる。
何事にも言えるけれど『努力を続けられる』事が最低限の才能のようだよ。