東京の八王子にある書道教室/書塾。 漢字、かな、子供の習字、硬筆、ペン字などお教えします。
先に『求道者のようですね』といわれまた先週に『お坊さんだったのではないですか?』昨日は『あの紙の量!あれだけ書くんです?』といわれて少し考えてしまった。
僕はそんなにエラくもなんともないただのだらしのない人間でほかにとりえがないからそうしようとしているだけなんだけれど
もともと僕はCGのプロ。『自分が出したいもの』ではなくクライアントオーダーに合わせて毎日絵をかいてクオリティが達してなければならなかったし、量がこなせなければ食べていけない。センスとか技術とかは自分で勉強してナンボ、でなければプロ失格でお仕事がなくなる...とそういう世界に30年ほどいた。
そして今の一番身近なクライアントは『師』だと思っているわけ、だからその指示には真摯に向き合う
プロを目指すことは誰でもできる、夢を見ることも。
ただその最低条件はいろいろあって『時代にあわせた美観を持つこと』『それに自分を乗せていけること』『日々真摯に努力ができること』なんかは最低条件で、これができなければプロの門戸は叩けても継続などはおぼつかない。『作家』『クリエイター』というのはそういうもんで100人の知己がいても10年たったら残っているのは10人いるかいないかっていうのが普通なのが『才能の世界』っていうものだから。
プロとして『表現したいのに画材がない』のはおかしいからそれにあわせたものは用意して最低限の下ごしらえ...乾燥をしておく。表現のために筆、墨は用意しておく。それはまったく普通のことで努力でもなんともない。
師の言うことをきっちりこなしていくのは『それがいろいろな意味での勉強必要なこと』だからそれに正対できないようでは『師の表現を超えて』いくことはできない。なによりも書かないではいられない。
求道とか情熱とかいうエラそうなもんではなくではなく、『仕事に真摯であろう』とおもえばそうじゃないだろうか?ツールにお金を使わないプロはいず、毎日書かないプロもいない、そして勉強や研究をしないプロもいない...ただそれだけのことなのですよね
書をまったく知らなかったゲームのCGディレクターだったころ、展覧会の会場で『これはすごい!別格だ!』と師の作品に感動したこと。そこに近づけるのであれば何でもしていこうとおもう